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今年も残すところあと一日である。が、そのわりに、気分が出てこない。とくに今月は瑣事に追われて忙しかったせいか、外に目を向けている暇がなく、あと少しで年が変わるといわれても、どうもピンとこないのだ。
それに、正月にかぎらず、さまざまな季節の行事が、あまりに人工的に感じられてぞっとしない一面もある。もちろん、どの季節の行事もひとびとの生活の営みのなかから生まれたものであるから、人工であることに違いはないのだが、土地の自然と疎遠な生活を送っているわれわれ現代人には、そのような儀式的な振舞いが、ときとしてひどく他人行儀に感じられてうとましくなることもあるのではないだろうか。そもそも、お年玉が貰えなくなったときから、ぼくにとって正月などあってなきがごときである。喧騒よ、去れ。
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生きてゆくにあたって一番に恐れるべきなのは、なにより自分の内面を見つめる視点が失われることである。にもかかわらず、そういった事態は往々に起きるものであって、自己に対し盲目になったときの自分の振舞いは、あとで思い返すたびに、おもわず走って引き返したくなるほどの羞恥をぼくに与える。そのうえ、それならまだしも、そのように自己を点検する目を失ったまま、最後まで通過してしまった時間が過去に一度もなかったとはいえないのである。そう考えると、不気味というかなにか憂鬱な気持ちになってくる。もしかしたら、こういった盲目の瞬間は、どのような理性的な人間であっても、本来免れえないものなのかもしれない。
「味わい、消化できる情熱とは、凡庸なものなのである」(モンテーニュ)
しかしだからといって、非凡なものがより価値があると断言することは誰にもできない。
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あなたは何時からそこにいるのか
あなたは何時までそこにいるのか
ふしぎにだれかに似た顔をして
あなたの睫毛はくろく
夕闇はあなたのまわりから最後の光を暴力的に奪い取ってしまう
あなたの待つひとは来ないだろう
ビルディングの壁に凭れて
あなたは通りすぎる無数の足音を聞いている
もう来ないひとを待っているあなたと
いつのまにかはぐれて一人になってしまったぼくとを
繋ぎとめるものは何もない
うしなわれた夜の来訪者たちへ
グッドバイ
そしてぼくがあなたに言おうとしたことと
すでにあなたが知っていたことを